「フォーラム通信」2022年冬春号

「横浜から男女共同参画社会の実現を考える」。公益財団法人横浜市男女共同参画推進協会が発行する広報誌です。2022年冬春号の特集は、「悩みに効く!私を守る言葉の護身術」「私、を生きるための韓国文学」。


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私、を生きるための韓国文学斎藤真理子さんインタビュー0万部を韓国の文学、エッセイ、絵本、人文書などが続々と刊行され、日本国内でも4売り上げる作品も登場するなど、K(韓国)文学人気が高まっています。ベストセラー2年生まれ、キム・ジヨン』訳者の斎藤真理子さんにお話を伺いました。になった『8『82年生まれ、キム・ジヨン』チョ・ナムジュ著、斎藤真理子訳(2019・筑摩書房)̶̶『82年生まれ、キム・ジヨン』は日本でも韓国でも、大ヒットしました。改めて、どのような作品ですか。1982年に生まれたキム・ジヨンという平均的なキャラクターを設定し、その人が生まれてから成長し、結婚し母親となる過程で経験した女性としての不利益を淡々と振り返ったものです。これがノンフィクションであったら関心を呼ばなかったでしょうが、物語として世の中に投げかけたことで、広く受け入れられました。しかも、主人公の個性を抑えてあるので読み手の邪魔をせず、読み手がいくらでも自分を投影しながら読めるようになっています。いわば一種の「フェミニズム育成めがね」のようなもので、これをかけて自分の過去を振り返ってみると、社会の中で自分をはじめとする女性がどういう立場に置かれていたかが、はっきりと見えてくるわけです。その結果、「自分も当事者なのだ」という意識を持たせるために大きな助けとなりました。この本では、夫がかなり協力的で善良な人物であったり、キム・ジヨンの実家は苦労した時期はあるものの経済的にもある程度恵まれているという設定になっていたりします。それもすべて戦略に基づくもので、夫が悪いやつなら、キム・ジヨンの苦労は個人的な「男運の悪さ」に起因するものと見られてしまいますし、実家が貧乏ならまたそれに起因するものとみられてしまいます。そうした予断をシャットアウトするためにこのような構成になっています。また、キム・ジヨンの結婚出産については書かれていますが、恋愛とセックスのことは全く出てきません。それもまた、どんなに愛があっても、社会のシステムがうまくいってない限りキム・ジヨンは助からないのだということを示すためです。それらの総和として読んだ人が自分の境遇に重ねて深く入り込むことができたわけです。かなり意識的・戦略的に作られた本だという点が興味深いと思います。特に日本の若い女性は、読んでいるうちに、自分が今まで無意識に我慢してきたこと、悔しかったけれど黙ってきたことを思い出して泣いてしまったという方がたくさんいらっしゃいました。発売直後にはそうした思いや、お母さんお祖母さんのことまで思い出して溢れる気持ちをSNSに投稿したりする方がたくさんいて、驚くほどでした。̶̶『キム・ジヨン』の次に読むのにおすすめの本は。特集2私、を生きるための韓国文学まずは同じ作者による『彼女の名前は』(2020・筑摩書房)がいいと思います。「キム・ジヨン」はいわば、平均的なところを狙って作られたキャラクターで、名前も統計から割り出したもの。一方『彼女の名前は』は、もっと具体的に、それぞれ違う立場で奮闘する女性たちの物語を集めています。「キム・ジヨン」は、主人公が自分の声を失い苦しむ物語ですが、「彼女の名前は」は、そこから一歩進んで、多様な女性たちの声を耳に届けるために書かれたものだと思います。取材を元にした2編が収められていて、〝ポストキムジヨン〟というのにふさわしいと思います。8『ヒョンナムオッパへ』(2019・白水社)も、フェミニズムをテーマとした様々な小説を集めたもので、〝ポストキムジヨン〟のために5フォーラム通信2022冬春号斎藤さんには2021年にセンター3館で行った「フォーラムブックフェア今読みたいK文学!」で選書いただき、センター横浜南が主催したトークイベント「キム・ジヨンと私たち」にもご登壇頂きました!


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