「フォーラム通信」2020年春号

「横浜から男女共同参画社会の実現を考える」。公益財団法人横浜市男女共同参画推進協会が発行する広報誌です。2020年春号の特集は、「私、の好きな人」。


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まだ名前の無い○○第3回ぶつかってこない男世の中には、「まだ名前の無い」問題が、山のようにある。しかし、もともとそこにあった現象に、「DV」、「セクハラ」、「パワハラ」など、名前を付けたことによって、その問題の存在が明らかになり、解決へと歩み出したことは多い。この連載では、号替わりの筆者による「まだ名前の無い○○」を、見つめていきます。混雑する駅の構内などに出現する「ぶつかり男」。行き交う女性にわざと体をぶつけながら、ズケズケ歩き続ける男の姿がネットで拡散され、ニュースなどでもとりあげられた。子育て中の友人が、口々に、朝方、ベビーカーで電車に乗るなんて不可能だという。数々の睨みと、いくつかの舌打ちが待ち構えているからだ。自営業のこちらは、時折、満員電車に乗り、その死に物狂いの表情を見渡しながら、「じゃあ、会社、行かなきゃいいのに」なんて思うのだが、巨大な台風が直撃しようとも定時出社を目指す民たちにとってみれば、このストレスに耐えられるのが社会人としてのたしなみ、などと思っているのかもしれない。車内で子どもが泣き始めると、「泣くなよ」と言わんばかりに顔をしかめる。「キミは、産まれた時から、スーツを着て、黙々と電車に揺られていたのかい?」と思う。キミもボクも、泣いて、泣き止んで、また泣いて、また泣き止んで大人になってきたのである。公共空間は、男性に有利にできている。あるいは基準になっている。「ぶつかり男」の映像はそれを可視化していた。男性の歩幅に比べれば、女性の歩幅は狭い。スピードはどうしても遅くなる。映像を見ると、「ぶつかり男」は、ぶつかる対象を明らかに選んでいる。向かってくる若い女性にわざわざ体を寄せてからぶつかる。女性2人組が喋りながら歩いているのを見つけて、後ろからぶつかってみる。自分より弱そうな人を選んで威嚇するなんて、そんなに弱々しい行為もないと思うのだが、自分の強さをひけらかすためにそうしているのだ。ところで私は、身長が185センチある。どうやら背が大きいほうに分類されるらしい。日頃はあまり自分の背の大きさを気にしていないので、時折、集合写真などで自分の姿を確認すると、コイツ、こんなに大きいのかよと驚く。ふと、気づく。こんな自分にぶつかってくる男はいない。肩で風を切って歩いているタイプでも、背の大きい自分の姿を見つけるとよけようとする。ぶつけられた女性の中には「偶然ぶつかっただけかもしれない」と思う人もいるかもしれないが、背の大きい男性から言わせてもらうと、私が男性と偶然ぶつかることはほとんどない。それなりに混み合っている車内なのに足を組んで座っている人(大抵は男だ)を見かけると、相手が気づくくらいの力で、膝にチョンチョンと触れてみる。すると、スマホに目をやっていた男は、不愉快そうな顔でチラリとこちらの顔を見ようとする。下から見上げると185センチはさらなる大男。その男はすぐに足を戻し、顔を下げる。大股を開いて隣の空席を無駄にしている人(これもまた大抵は男だ)を見かけると、わざわざその空席に座ろうと試みる。大股開き男は嫌そうな顔を見せるが、こちらの体のサイズ感を見て、なにやら諦めたような表情をする。私が男で、私が高身長だから、そういう傍若無人な振る舞いを止めるのだろう。逆に言えば、華奢な体格の女性が同じような状況に向かえば、相手はその体勢を継続するかもしれない。女性にぶつかってくる男は、男性にはぶつかってこない男なのだと思う。自分で言うのもなんだが、日頃、ちょっとしたことであからさまに機嫌を損ねる人間ではないのだが、群れの中で警戒されたり、優先されたり、いずれにせよ特別視されることが多い。こっちの性格など知っているはずもないのだから、それはただ、体が大きい男だから、という理由である。ならば、そうではないことを理由に、群れの中で無視されたり、軽視されたりしている存在がいるはずなのだ。それはおおよそ女性だろう。公共空間はだれのものか。だれかのものでもなく、当然、みんなのものである。自分が「185センチ・男」であることを見つめ直した時、明らかに自分が有利であることに気づく。こっちが有利ならば、だれかが不利になっている。この当たり前の事実は、男女の不均衡をいくつも教えてくれる。●たけださてつ1982年生まれ。大学卒業後、出版社で主に時事問題・ノンフィクション本の編集に携わり、2014年からフリー。『紋切型社会―言葉で固まる現代を解きほぐす』で、第25回「Bunkamuraドゥマゴ文学賞」を受賞。「cakes」SPA!」「VERY」暮しの手帖」などで連載するほか、インタヴュー・書籍構成なども手がける。『日本の気配』(2018/晶文社)【今回の担当は武田砂鉄さんです】この半年くらい猫背矯正のため整骨院に通っています。この上の写真をご覧ください。これぞ猫背です。フォーラム通信2020春号8


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