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四五キロを超えたことがない小柄な女性だったと伝えられています。大きな木や色あざやかな花ではなく足元に生えている草に注目し、人々の権利のために闘った彼女は、いろいろな意味で小さな存在が秘めている大きな力に光をあてようとした人物だったと言えるでしょう。見過ごされてきた存在に光を当てて現在、出版や報道の世界では、これまでずっと男性(とりわけ社会的地位の高い健常者の白人男性)ばかりにスポットライトが当てられてきた歴史を反省し、見過ごされがち私、の好きな人私、の好きな人参加を問題視され、退職を迫られたこともありましたが、同僚たちにも助けられて勤務を続け、一九三五年にはヒッチコックのあとを引き継いで上級植物研究職員に昇進しました。小さな存在が秘めた大きな力こうして数々の困難を乗り越えてきたチェイスは、研究者としての地位を確立したあとも、かつての自分のように植物学を志す後進の女性たちを励ますことを忘れませんでした。南米で植物を研究している女性たちとも親交を深め、彼女たちがワシントンDCを訪れた際は自宅を宿として提供しました。チェイスの家は植物学者たちが集う場所となり、スペイン語で「しあわせ/満足/喜びの家」を意味する「カーサ・コンテンタ」と呼ばれるようになったそうです。彼女は一九三九年に農務省の役職を離れた後も、一九六三年に亡くなるまで(注)スミソニアン協会の名誉研究員として草の研究を続けました。植物への愛情に導かれ、科学者として仕事に打ち込んだのと同時に、性差別にも人種差別にも屈せず社会正義のために行動したチェイス。身長は一五三センチに届かず、体重もだったマイノリティの人々の営みを掘り起こしていこうという動きがますます勢いづいているようです。映画などのエンタテインメントの世界でもそうですね。私が『世界を変え0人の女性科学者たち』をきっかた5けにメアリー・アグネス・チェイスという人を知ることができたのも、そうした時代の風のおかげです。これからも彼女のような勇気ある先人たちの知恵に学び、いまここにいる自分はこれまで生きてきた人たちとこれから生きていく人たちをつなぐ存在なのだという意識をもって、一日一日を大切にしていきたい。そう強く思わずにはいられません。(注)スミソニアン協会:アメリカの国立学術文化研究機関野中モモ●のなかももライター、翻訳者(英日)。著書『デヴィッド・ボウイ変幻するカルト・スター』(筑摩書房)。訳書レイチェル・イグノトフスキー『歴史を変えた50人の女性アスリートたち』(創元社)、ロクサーヌ・ゲイ『飢える私ままならない心と体』(亜紀書房)他多数。*野中モモさんには、昨年復刊した『アリーテ姫の冒険』(2018・大月書店/ダイアナ・コールス著/グループ・ウィメンズ・プレイス訳/公益財団法人横浜市男女共同参画推進協会監訳)復刊記念版別冊のブックレットにも、すてきなエッセイをご寄稿頂いています。5フォーラム通信2020春号